雑誌とかのアンケートとかで、「彼女」のことについて聞かれたとしたら、君はどう返答する?「霧」って、人によって受け止め方が千差万別かもしれないね。

雑誌とかのアンケートとかで、「彼女」のことについて聞かれたとしたら、君はどう返答する?「霧」って、人によって受け止め方が千差万別かもしれないね。

泣いて笑って最後は飛んで

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気分良く口笛を吹く友達と花粉症

よく遊ぶチカコは頭がキレる。
頭が良いんだろうなーと思わされる。
何があっても人を傷つけたりはしない。
違うんじゃない?と思っても、とりあえずその人の気持ちも尊重する。
なので、考えが広がるし、強くなれるのだ。
考えを譲らないよりも、この方が知佳子にとって優先なのかもしれない。
自分が傷つかないやり方、その経験を次回の糧にするやり方をとても理解している。

気分良く吠える彼と気の抜けたコーラ
日本には、たくさんの祭りが存在するようだ。
実際に見たことはないけれどじゅうぶん知っている祭りは、秩父夜祭で、別名、冬祭りだ。
ゴージャスな彫刻をした、笠鉾が2基と屋台が4基。
秩父祭り会館を見たときに、DVDや実物大の屋台と笠鉾を観賞させてもらった。
寒い12月に開催されるので、冬祭りという別名でも呼ぶようだ。
生で見たい祭事の一つなのである。
8月に行われるのは、福岡市のほうじょうやがあるが、命ある者の殺生を禁止する祭事。
昔は、このお祭りの行われている間は、魚釣りも禁止されたという。
トラディショナルな祭事も重要だが、私は屋台も同様に大好きである。
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勢いで叫ぶ君と壊れた自動販売機

笑顔って綺麗だなーと思っているので、なるべく笑顔で話すように心がけている。
なるべく、場所と場合を見て。
けれど、周りに押し付けてはだめ。
要は、一概には言えないけれど自身の概念として。
先程までシリアスな表情で必死で働いていた人が、ほころばせた瞬間。
もう、大好き。
笑いじわある人が大好き!と話す友人。
その気持ちも納得できるかもしれない。

雲が多い祝日の夕暮れに昔を懐かしむ
小さなころから、本を読むこと嫌いじゃありませんでしたが、何気なく、親が買ってくる本や図書館にある本を読んでいました。
本当に理解しながら読むようになったのは、高校生のとき。
国語の授業で、吉本ばななさんのムーンライトシャドウを学習してからです。
内容は、恋人を失った主役の、高校のときの思い出からの始まりです。
恋人と死別してしまう経験は当時も今も、ありません。
しかし、高校生の私には主人公のやるせない気持ち重複してしまいました。
初の気持ちでした。
主役と、私の年が近かった事、それもひとつの理由だと思います。
その帰りに、それを買ったのが文庫本を買った一番最初です。
ムーンライトシャドウは、「キッチン」の中の一つのお話です。
ずいぶん前の作品ですが、ずっと輝き続ける素晴らしい本だといわれています。
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騒がしく歌う彼と冷めた夕飯

作家である江國香織の本に出てくる女性は、どこかクレイジーである。
例えれば、落下する夕方の華子。
あと、スイートリトルライズの瑠璃子。
もう一つ上げると、ウエハースの椅子の女性画家など。
江國香織の持ち合わせている性質を、大げさにして表した形かもしれない。
最高にクレイジーだと思うのが、「神様のボート」で登場する葉子。
もしかすると迎えに来る可能性もあるあのひとを待ち、逗子や草加に引っ越しをする。
あのひとを忘れることなく、必ず会えると信じて。
とうとう「ママは現実を生きていない」と、愛娘に告げられるが、この女性には全然響かない。
このシーンが、この話の一番クレイジーなところだ。
実際にウエハースの椅子には絶対に座れないけれど神様のボートには乗りたい。
江國香織さんの書く、クレイジーだけど綺麗でせつない主役が大好きだ。

熱中して泳ぐ彼と横殴りの雪
何か一個の趣味を、ひたすらコツコツ続けているような人に憧れを抱く。
サッカーでも、写真でも、どれだけ小さな習慣でも。
毎年一回だけでも、いつもの友達と、あの温泉旅館に滞在する!というような事も良いんじゃないかなと考える。
コツコツ一個の事を行うといずれは実用レベルまでたどり着くことがあるだろう。
思い返せば、保育園の時、ピアノと絵の2つを学習していたが、辞めなきゃよかったな。
こう思うのは、リビングののはしっこににおかあさんにプレゼントされたピアノがあるから。
今の自分は全然分からないピアノだが、そのうちもう一度学習したいとという理想がある。
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余裕で自転車をこぐ家族とよく冷えたビール

今年は、近くの海に行っていないが、時間があればめっちゃ行きたい。
今、娘が幼いので、砂浜で遊ばせるぐらいなのに、きっとおもしろがってくれるだろう。
だけれども、しかし、現在、オムツをはいているので、遊んでいる人の事を考えたら海につけないのがいいのではないだろうか。
それ用のオムツもあることはあるが、問題になっているらしいので。

どしゃ降りの日曜の夜に足を伸ばして
友達の家のベランダにて育てられているミニトマトは、不幸なミニトマトなのかもしれない。
枯れる直前まで水をあげなかったり、なんとなくお茶をあげてみたり、味噌汁をプレゼントしてみたり。
泥酔の私と彼女に、焼酎を与えられた時もあり。
トマトの親である彼女は、こんど興味でトマトジュースを与えてみたいという。
私たちの中でトマトの心は完全に無視。
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凍えそうな平日の昼に料理を

「誰が何を言おうとこうで当たり前だ!」と、自分自身の価値観のみで人を判断するのは悪ではないと思う。
とは言っても、世間には自我と言うものが人間の周辺にまとわりついてくる。
これらを考えれば自信を持つのは悪くないけれど、あまりにも反対するのは良い事ではないのかも?と思う。
まあ、これも私の考えでしかないんだけれど。
厳しい世間になるかもしれない。

ぽかぽかした月曜の早朝はゆっくりと
海辺が大変近く、サーフィンの場所としてもとても有名なスポットの歩いてすぐに住んでいる。
ゆえに、サーフィンをしている人はめちゃめちゃ多く、会社の前に朝はやくちょこっとでもサーフィンにという人もいます。
そんなふうに、波乗りをする人たちが多数いるので、誘われることが大変多かったのですが、絶対に断っていました。
それは、俺が、運動神経がにぶく、息継ぎできずに泳げないからだ。
それでも、泳げなくてもサーフィンはできると言われ、サーフィンをしてみたけれど行ったスポットは上級者が行くところで、テトラポッドが左右に設置されていて、波乗りのスペースがごく狭い場所でした。
泳げない私は、パドリングをする筋力も少なくて、すぐに流されテトラポッドにたたきつけられそうになり死にそうになりました。
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